満ちない三日月

九州にUターン移住を考える25歳の自分探し

青春の一冊 『ボトルネック』(米澤穂信)

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
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青春の一冊はボトルネック (新潮文庫) | 米澤 穂信 | 本 | Amazon.co.jpです。青春という文字からは連想できないけれど、実際に自分が過ごした青春は爽やかではなく、この本のように鬱々とした気持ちを抱えていました。
小学校の高学年から、言ってしまえば今まで、中二病を患っています。中二病の極みは中2から高2までで、グラフにすると最大値をとっていた高1の時、この本に出会います。
米澤穂信さんは、『さよなら妖精』で読書感想文を書いて以来、追いかけている作家です。古典部シリーズ(クドリャフカの順番は、青春の十冊だったら確実に入れていました)、小市民シリーズともに、新刊が出たら購入という流れが大学時代までのパターンでした。
青春の一冊を選ぶにあたって、特に学生時代にハマった作家の、もっとも心を抉られた作品ということで、こちらを選びました。

ボトルネックでは、自殺を試みた少年が、自分の代わりに姉がいるパラレルワールドに飛ばされる。その世界では、崩壊したはずの家族が仲睦まじく、事故死したはずの恋人が生きており、同じ環境で育ったはずの姉の性格は、自分とは正反対で明るく朗らかである。

自分の存在=ボトルネックという気付きは、当時の私にとって恐ろしくマッチした考えだった。
小学校高学年のころ、自分は死んだらどこに行くのだろうと考えて眠れなくなった。中学校に入ると、自分はこの世界でちっぽけな存在だから死ぬこともあると実感した。実感したけれど、自分の周りの世界では自分の存在が何らかの影響を持ってると信じて疑わなかった。
中学生にとっての自分の周りの世界とは、ほぼ学校のことである。そして学校とは、グループとグループが時に交じり、分解し、影響しあう場所である。当時はそれを、水面の波紋でイメージしていた。
波紋が広がって隣の波紋と干渉しあう。遠ければ遠い程、お互いへの干渉の度合いは小さいけれど、水面全体でみれば動きが変わっている。
そして、自分自身はどの波紋にも属していない小石だと認識していた。もし自分が入ろうとすれば、今の調和を乱してしまう。それが嫌だった。
思えば、この思考は現在も変わっていない。新しい仕事をする際、現在仕事を持っているチームに溶け込むのに、ひどく時間がかかる。(それでも、仕事だから溶け込むための努力はするのだが)

さて、この思考を私はずっと言葉にしかねていた。
例えば「自分が産まれていない世界のほうが、ずっと良かったかもしれない」だとか「輪を乱したくない」とか「自分がいて良くなる保証なんてどこにもない」とか。
どの言葉も、しっくりこなかった中で『ボトルネック』がズドンと腹に落ちてきた。それはもちろん、高校生にして初めて耳にする単語であった新鮮さもあった。けれど、そこは物語の妙が最も強く、エピソードは自分の世界で起きていれば「嬉しいはずのこと」なのに、全ては主人公を絶望させるための伏線と言える。読者はこれらのエピソードをひとつひとつ一緒になぞってきて、ボトルネックだ、とくる。そして苦い読後感のラスト。
初めて読んだ時の印象があまりに強く、辛く、結局本を買って読み直すことができたのは20歳を過ぎてからだった。